浄心寺の桜

第9回 「いのちのふるさと」を想う

心に響く唱歌

 日本人はカラオケのおかげで、老若男女を問わず、好きな歌をいつでも歌えるようになりました。昔と比べると、歌の上手な人もだいぶ増えたように思います。しかし、心に残る歌は流行歌かというと、それだけではなく、幼い頃に学校で習った唱歌には、心に響く歌があるものです。けれど、そうした唱歌を歌う機会はなかなかないものです。

 十年前から「お寺で唱歌を歌う会」という試みを行なった私と友人は、素晴しい唱歌がたくさんあることに気づかされました。その代表が『故郷』です。

作詞:高野辰之 作曲:岡野貞一

一 兎追いしかの山、小鮒釣りしかの川、
  夢は今もめぐりて、忘れがたき故郷。
二 如何にいます父母、恙なしや友がき、
  雨に風につけても、思いいずる故郷。
三 こころざしをはたして、いつの日にか帰らん、
  山はあおき故郷。水は清き故郷。
  (『百本唱歌集』岩波文庫)

故郷のイラスト

 歌詞を読むだけで、自然とメロディーを口ずさめるほど有名な曲です。

 それぞれの詞をよく味わうと、ただ過ぎた日のふるさとの情景が浮かぶだけでなく、私たちのこれから旅立っていく死の世界が、このような世界であったらと願わずにはいられないような気持ちになってきます。

 高野辰之さんは、浄土の情景を想って作詞したといわれる方もあるようです。

病床で歌う唱歌

  死を間近にした人の中には、「仏さまの世界は、どんなところなのでしょうね?」と尋ねられる人がいます。私は、そんな時「お経の中にこう書いてあります」といった説明ではなく、「仏さまの世界をよく表現した唱歌がありますので、歌ってみましょうか」と言って『故郷』の歌を静かに歌うのです。患者さんの中には、久しぶりに『故郷』の詞を聴いて、懐かしがったり、何かを想い出して涙を流す人もおられます。

 多くの七十代、八十代の年配の方々が「死ぬのは別に怖くないけれど、大事な家族だちと別れるのが、つらくて悲しい」と言われるのをよく耳にします。白分か先に旅立つか、先立った家族のもとに後から行くか、その違いはあるにせよ、仏さまの世界でまた会えると願うことは大切なことです。このような「仏さまの世界」を想像することができず、次に紹介するように、寂しさの中で旅立っていった人も多くいます。

アルバムの中の人たち

 それは、二人の姉妹の話です。
その姉妹は、六十代後半の独身で仲が良く、肩を寄せ合って生きてきました。

 ところがお姉さんが、なかなか気づきづらい膵臓のガンにかかったのです。みるみるうちに病気は進行し、告知を受けた時には、病院のベッドから一人で起き上がれないほどの病状になっていました。

 ある日のことです。お姉さんが妹にこう言いました。「昔の懐かしいアルバムが見たいわ。重たくて悪いけど、持ってきてくれない?」。了解した妹さんは翌日、ちょっぴりカビ臭い、セピア色に変色した分厚いアルバムを持参しました。

 「有り難う、悪かったわね」。

そう言ってお姉さんは、妹の手をかりて起き上がり、べッドの縁に腰かけました。妹さんも姉の隣に座って、ひと時、懐かしい顔を思い起こしながら、こんなことがあった、あんなこともあったと色とりどりの思い出を語らいました。
 そのうち、ページをめくるお姉さんの手が、ふと止まりました。「この人も亡くなっちやったわね」「みんないなくなっちゃったわね」とささやくお姉さんの声に、妹さんは次の言葉が出ませんでした。

 「寂しいね、そして誰もいなくなつちやうのよね」。道理ともいえる言葉ながら、明らかに迫りくる死を間近にしたお姉さんの口からこの言葉を聴くと、思わず涙が流れたと、妹さんは私に、丁寧に説明してくれたのです。

アルバムのイラスト

 そんなやり取りのあった後、お姉さんは急速に力を失い、数日で息を引き取られたそうです。

先立った人との再会

 この姉妹にもう少し早く出会うことができたなら、アルバムの中のすでに先立った方々とまた会うことのできる、仏さまの世界を伝えられただろうにと思え、残念でなりませんでした。

 やがて誰にも訪れる死の向こう側「あの世」とは、どんな世界なのでしょうか。仏さまの世界とは、いかなる世界なのでしょうか。それは、ただ別離のみに悲しく彩られた世界ではなく、大切な父母やきょうだい、愛する入らとの再会をかなえてくれる場所「いのちのふるさと」、そのように願う心をもって生きていけたなら、死とは何かを失うばかりではなく、何かを得ることのできる世界にも見えてくると私は信じてやまないのです。

佼成 2009年(平成21年)9月号掲載

→10月号 祈ることと生きること

佐藤雅彦(さとうまさひこ)
1958年東京生まれ。浄土宗浄心寺(東京・文京区)住職、大正大学非常勤講師
現在、宗教家として生命倫理の問題に取り組むほか、死を間近にした人の訪問
小・中学校で「いのちの授業」を行っている
共著に『いのちに寄り添う道』(一橋出版)など
イラスト:すみもとななみ
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