浄心寺の桜

第7回 「無になる」って本当ですか

聞きかじりの仏教

 「死んだら無になるって本当ですか?」。これは、心のケア・ボランティアとして訪問する患者さんのみならず、一般の方々が僧侶に尋ねてくる代表的な質問です。しかも「仏教は無を説く教えといいますが」との前置きがあったり、「どうせ死んだら無になってしまう句だから」と投げやりな態度をともなったり。これらはみな、どこかで聞きかじった仏教の知識によるもので、本当のお釈迦さまの教えを理解しているとは言えないものです。

 また、「無」とは異なる受け止め方として「人は死ねばゴミになる」 (伊藤果樹著『人は死ねばゴミになる』)と表現した人もいました。この著者の受け止め方からすれば「人が死んで霊魂が残るというのならば、人類の歴史は幾千年になるのだから、この地球上は霊魂だらけになってしまう。そうはならないのだから、人は死んだらゴミ同様になるのだ」というのです。これを聞いた著者の奥さんは「そんな考え方はいやです。亡くなった後もあの世から、この世に残った人々のことを見守ってくれなければ寂しい」と反論しています。

女性のイラスト

 ここでは、夫が目に見える物質の世界から死の世界を考えているのに対して、妻は目には見えない願いの世界を通して死の世界を考えていることがうかがえます。

心難しい無の説明

 確かにお釈迦さまは「無」を説かれました。しかし、無の説明は非常に難しく、説明する人によってだいぶ受け止め方が異なるようです。ここでは日ごろ、私が患者さんに説明しているようにお話ししましょう。

 お経の中で示される漢字は、私たちが学校で習った意味とはいささか異なる使い方をする場合があります。たとえば日常で「愛」というと、誰もが好ましい印象を持つ、人への理想的な接し方を想像します。しかしお経の中では、現代の私たちが「愛」と聞いて想像する好ましいイメージを「慈悲」と表現します。それどころか、お経の中で愛という語は、欲望や煩悩といった心を乱すはたらきのこととして使われるのです。これと同じように「無」とは、何も無いという限定した意味だけで理解はできないのです。

 無は、しばしば「有」の対称となる言葉として用いられます。私たちが生きるということは、迷いや煩悩に満ち溢れている状態・「有」であるのに対して、心の整えられた静寂な悟りの境地は、迷いや煩悩の断ぜられた状態・「無」であるというように受け止めたらいいと思います。もっと平易な言葉で表現すれば、「無」の世界は、何も無い世界を指すわけではなく、迷いやとらわれから離れた世界を指し示すということができるのです。 手のイラスト

苦が報われる世界

 人はみな、多かれ少なかれ苦しみを乗り越えて、それぞれ死という時を迎えることになります。各人が味わう苦しみは、その人によって時期が異なります。苦い時分から逆境に遭われた人もいれば、末期ガンのように臨終間際に苦しみと遭遇する人もいます。なかには、生きることは苦しみ以外の何ものでもなかったという、ただただ苦しみの連続だったとの思いばかりの一生を過ごした人もおられることでしょう。

 では、その苦しみが報われることはないのでしょうか。否です。宗派によって多少考え方に違いはありますが、浄土の信仰を学ぶ私は、患者さんたちに次のようにお話しします。生の向こう側に「よく頑張って、耐えてきましたね」と仏さまがほめてくださる世界があるとは思えませんか、と。

 死の向こうに報いの世界があることを信じられる人は、この世で身を正しく律して、仏さまにぽめてもらえるような生き方をすることができます。

願う世界としての死

 死の向こう側に世界がある、なんて誰が証明できるのでしょう。そう、どこにも帰ってきて報告書を出してくれた人はいないのです。しかし、私たち人間は願って生きるという智慧をもっています。そして日本に仏教が伝わって一千年以上にわたり、多くの人が死してのちに「安らぎの世界」があると信じ、願って生きてきました。もしもそれがでたらめな世界であったなら、どうして仏教が今日まで続いてきたのでしょう。それを信じ、安心を得る人が多かったということです。

 「死んだら無になるって本当ですか」。この質問を投げかけられたとき、私はいつも「誰かそんなことを言った人がいるんですか」と問い返し、「先立ったあなたの犬切な人は、亡くなってから、すべて消し去られて何も無くなったと想像されていますか」と聞き返すのです。ほとんどの人たちは「きっと仏さまの世界から守っていてくれるような気がします」と答えてくれます。その心を大切にして生きていこうではありませんか。

佼成 2009年(平成21年)7月号掲載

→8月号 旅立つ人からの置き土産

佐藤雅彦(さとうまさひこ)
1958年東京生まれ。浄土宗浄心寺(東京・文京区)住職、大正大学非常勤講師
現在、宗教家として生命倫理の問題に取り組むほか、死を間近にした人の訪問
小・中学校で「いのちの授業」を行っている
共著に『いのちに寄り添う道』(一橋出版)など
イラスト:すみもとななみ
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