浄心寺の桜

第5回 最期の言葉の意味するもの(上)

思ったように死ねない時代

 人は誰も一生懸命生きてきて最期のときを迎えます。「終わりよければすべてよし」とはよくいったもので、多くの人は、自分が最期を迎えるときには「ありがとう」など、家族に対する感謝の言葉を残して旅立ちたいと思い描くものです。

 しかし、末期ガンのような、治る見込みのない状況におかれると’、生きがいを喪失して「死にたい」と訴える患者さんも多いのです。愛する家族が最期に残した言葉は、遺族の一生に影響を与えるともいわれます。最期の言葉が遺族の生きる支えになる言葉ならいいのですが、「殺してくれ」「死なせてくれ」といった物騒な叫びだったらどうでしょう。想像するだけで胸の痛くなる事例とご縁をいただいたのは、数年ほど前のことでした。

切羽詰まった依頼

雲のイラスト

 心のケア・ボランティアを始めて、さまざまな方面の医療従事者から電話がかかってくるようになった私のもとへ、都内のホスピスのボランティア・コーディネーターから電話がありました。「死にたいと訴える患者さんがおられるのですが、医師や看護師ではどうにもならないので、宗教家に頼んでみようということになり、あなたに電話しました」と切羽詰まった依頼でした。漠然と暗い表情で「死にたい」と小さく告げる患者さんの姿を想像しながらホスピスに到着した私は、予想もしない壮絶な姿に驚かされました。

 いつものように患者さんの病室を訪れる前に、担当の看護師からいままでの経過や痛みの様子、今後の予想される病状などを尋ねると「最期まで、痛み止めなどで朧朧とした意識の中で死にたくない」「清明な意識のまま死を迎えたい」という希望を本人がもっていることを聞かされました。またガンは、顎のガンが顔面に転移し、痛み止めが効きづらい箇所だそうです。

「殺してくれ」という叫び

 池田さん(仮名)は、60代前半の男性です。痛みのコントロールがうまくいかず、一般病院からホスピスに転院してきました。

 電話をくれたボランティア・コーディネーターの案内のもと、個室に入室し、まず驚いたのは、池田さんのお顔でした。度重なる顎の手術で、鼻から下と顔の片側半分が削げ落ちてしまい、それは気の毒な形相をしておられたのです。奥さんと娘さんが付き添っておられました。

 自己紹介をはじめた私を遮るかのごとく「いたアー」と、大きな声で痛みを訴えます。なるほどこれは、ほんとうに苦しいのだなとすぐに察しがつきました。一瞬の沈黙のあと、今度は「殺してくれエー」「もうだめだ、殺せ!」と叫んだのです。傍らにいた奥さんと娘さんは、苦しみに喘ぐ池田さんの手を握り、ベッドに顔をうずめて泣き出します。

 宗教家である私は、なんと声をかけたらいいのでしょう。それまで積み重ねたわずかな体験の中でも、初めての出来事でした。

 ただぼうぜんと見守る私たちの沈黙を破ったのは、他ならぬ池田さん自身でした。「ほんとうに仏さまの世界なんてあるのかい?」と彼から尋ねてきたのです。「もちろんですとも。誰か仏さまの世界がうそだなんて言いましたか」と、私が答えると「それじゃ、何でこんなに苦しまなければならないんだ?」と再び問われます。

手のイラスト

 私は「あなたが生まれてくるとき、あなたのお母さんはお産という大変な苦しみを経てあなたを産んでくださったように、仏さまの世界に生まれるのにも、ときには苦しみが伴うのかもしれませんね。やはり殺してほしいと願うほど、苦しいのですね」。まさに断末魔に襲われるとは、こういった姿をいうのかと、池田さんの姿に教えられました。

 その後も「殺してくれ」「死にたい」を連呼し、家族もスタッフもいたたまれない状態でした。私は「苦しいですね」「痛いね」と、痛みの共感に努めることよりほかに術(すべ)がありませんでした。

「殺して」に代わる言葉

 清明な意識のまま、最期を迎えたいという池田さんの思いが、痛みを感じさせ「殺して」と言わしめている。私は「殺して」に代わる言葉があることに気づきました。誰か周囲の人に、いのちを終わらせることを懇願する言葉「殺して」ではなく、仏さまの世界に生まれられるようにお願い申し上げる「祈りの言葉」を池田さんに唱えてもらえないか、と話したのです。お題目をはじめ、さまざまな「祈りの言葉」がある中で、ここでは私が浄土宗の僧侶であることから念仏を示しました。

 幸いしっかりした意識の池田さんは「ほんとうに念仏で、お迎えをいただけるのですか?」と確認し、私と一緒に「ナムアミダブツ」と、かみ締めるように唱え始めました。「殺して」は念仏の声に代わったのです。

 数日後、息を引き取るまで池田さんは、仏の世界を懇願する祈りの言葉を唱え続けて旅立ちました。

佼成 2009年(平成21年)5月号掲載

→6月号 最期の言葉の意味するもの(下)

佐藤雅彦(さとうまさひこ)
1958年東京生まれ。浄土宗浄心寺(東京・文京区)住職、大正大学非常勤講師
現在、宗教家として生命倫理の問題に取り組むほか、死を間近にした人の訪問
小・中学校で「いのちの授業」を行っている
共著に『いのちに寄り添う道』(一橋出版)など
イラスト:すみもとななみ
当サイト内の画像・テキストなどの無断転載、使用は一切お断りします

下線
浄心寺HOME浄心寺概要住職の紹介死からの生き方
浄心寺の紹介年中行事江戸札所十番年回表法事申し込み
アクセスマップお問い合わせリンクサイトマップ

桜と観音さまのお寺 浄心寺

じょうどしゅうとうとうざんじょうこういんじょうしんじ
〒113-0023 東京都文京区向丘2丁目17-4 電話:03-3821-0951(代表) Fax:03-3821-0057
Copyright © Jyoshinji. All Rights Reserved.

下線