浄心寺の桜

第2回 言わなければ伝わらない痛み

さまざまな痛み

 今月は、病気や死を前にして、痛みを表現することについてのお話をしたいと思います。

 病気は痛みを伴います。とりわけ死を前にした人は、身体の痛みに加え、言葉に尽くせぬ不安を心に感じるなど、さまざまな痛みが複合的にやってくるといわれています。

 「いたみ」という漢字はいくつかあります。一般的には「痛み」、傷を負ったときの「傷み」、人を亡くしたときの「悼み」などです。痛いといっても、どのような痛みなのかは、本人が表現しないと伝わらない場合もあると思います。

 昔のように、画一的な教育のもとで、みんなが共通の時間を過ごすと、「言わなくてもわかる」は、ある程度可能です。

 しかし、個性を重んじる今日では、家族でもお互いに何を考えているのか「言わなければわからない」時代に生きていると言えましょう。病気になったとき、医師や看護師なら、どこが痛いのか言わなくても理解してくれると思うのは間違いです。痛みというものは、主観的なもので、当事者にしかわからないのです。心で感じる痛みは、特にそうです。

ハートのイラスト

お坊さんは死んでから?

 「患者」を意味する英語「patient」は、「我慢する人、忍耐する人」という意味もあります。病気を抱えた人は、身体的な痛さ、つらさにさいなまれ、その苦しみと向き合いながら過ごさなければなりません。欧米では、医師や看護師ら医療従事者が身体の苦痛緩和にあたり、心をはじめとした他の痛みは、それ相応な職種の人びとが、一丸となって取り除こうとしてかかわるのです。

 「心の痛み」とは、病気や死を前にして感じるさまざまな不安や心配のことを言います。なぜ、こんな病気にならなければならないのかといった、生きているからこそ感じる悩みや、私が死んだら先祖代々の墓はだれが守ってくれるのかなど、先祖供養にかかわる不安もあります。心の痛みの緩和は、欧米では宗数的なかかわりをする「チャプレン」が担っています。こうした海外の様子を知る人びとは「日本のお坊さんは、何をしているのでしょうか」という批判をしばしば寄せてきます。

 日本の社会でお坊さんは、死者儀礼を担うことが役割になっていました。しかし、世の中の人びとは次第に、お坊さんは死者儀礼だけでなく、生きて苦しみの中にある人を援助すべきだという「真実(ほんとう)のこと」に気づき始め、病む人、死を間近にした人への援助を、お坊さんに求めるようになってきています。

 次に紹介するエピソードは、心の痛みをもう少し上手に表現できたらと、惜しまれる話です。

住職は来てくれなかった

 20年ほど前のことです。当時、盛んに医療従事者と宗教家とが、医療の中から生じたいのちの問題について考える講演会を各地で頻繁に催していました。作家の遠藤周作さんや、医師の日野原重明さんらによって提唱された「医療と宗教を考える会」や、カトリック神父で上智大学教授のA・デーケンさんの「生と死を考える会」などが、その代表でした。

 その日もいつものように、著名な講師による講演会があり、参集者との質疑応答が活発に行われていました。そこに1人の中年の女性が発言を求めました。彼女の話は、こんな内容でした。

 「亡き父は生前、お寺が大好きで、日課のようにお寺参りをしていました。姿が見えないと思うと、大抵はお寺参りに出かけていました。そんな父がガンになり、大好きなお寺に出かけられなくなってしまいました。そんな父に対し、住職さんは一度たりともお見舞いに来てくださらなかったのです。お寺さんというのは、人が死んでしまってから、お葬式や法事でお経は読んでくれるのですが、一番人が苦しく悩んでいるときに、何の助けにもなってくれないのです」

 悲痛な叫びをあげる彼女に、
私は尋ねました。
「その住職さんに、こういう状況だから、ぜひ、力になってほしい、病床を見舞ってほしい、と伝えましたか? 私は同じ僧侶として思うのですが、その住職さんが思慮深い人であったなら、お寺の方々と『○○さん、入院されているらしいね、お見舞に行こうか。でも僧侶の私が伺うと、家族の方々は縁起でもないと思われるかもしれないし、まだお坊さんは必要ないよ、と拒絶されるかもしれない』と察し、あえて遠慮されていたかもしれませんよね」

 彼女は口をつぐんでしまいました。

はすの華のイラスト

 心に痛みを感じるとき、我慢しなくていいのです。どうぞ「痛いよ」と口に出してください。そして、その心の痛みが何からきているのかを、わかる範囲で構いませんから言葉で表現してみてください。言わなければ伝わらないこともあるのですから。

佼成 2009年(平成21年)2月号掲載

→3月号 かけがえのないいのちを見つめて

佐藤雅彦(さとうまさひこ)
1958年東京生まれ。浄土宗浄心寺(東京・文京区)住職、大正大学非常勤講師
現在、宗教家として生命倫理の問題に取り組むほか、死を間近にした人の訪問
小・中学校で「いのちの授業」を行っている
共著に『いのちに寄り添う道』(一橋出版)など
イラスト:すみもとななみ
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