浄心寺の桜

第11回 「ごめんなさい」の祈り

お坊さんは呼べますか?

 清田さん(仮名)と出会ったのは、都内の緩和ケア病棟で、彼自身の要請によるものでした。

 清田さんは、49歳の男性。
奥さんと10代の子ども2人の父であり、コンピューター関係の企業に勤務していましたが、肺がんは、すでに末期の状態でした。死期が近づくにつれイライラが高じ、家族や医師や看護師に当り散らすことが増えてきました。

 これに気づいた担当の夏川医師(仮名)が、「何か心配事があるのではないですか?」と尋ねると、清田さんは「この病棟ではお坊さんを呼べるのですか?」と、尋ね返したそうです。

 長年、親交のある夏川医師からの電話に、私は早速時間を割いて、この病棟を訪れました。いつものように予め患者さんの病状や病歴、これまでの生活や人となり、そして予後について、医師と看護師からざっと説明を聴いて、夏川医師と一緒に個室の扉を開けました。

聞かれたくない悩み

 夏川医師は「清田さん、佐藤和尚さんをお連れしましたよ」と明るく告げて、私と清田さんを引き合わせ、べッドの周りの器具などの確認をしてすぐに退室していきました。

 清田さんは、自己紹介をする私を見つめ、やがて「よろしくお願いします」と挨拶すると、いきなり「すまないけれど、君はしばらく席を外してくれないか」と、ちょうどコンビニのお弁当を食べ始めようとした奥さんに退室を促したのです。「どうぞ、奥さんもご一緒に」という、私の声とかぶるように奥さんは「私に聞かれたくない話があるのね、ごゆっくりどうぞ」と、言い残して背を向け、出て行きました。

男性のイラスト

 死を間近にした人が妻に聞かれたくない話……。さまざまな想像が私の頭の中をよぎりました。あえて明るい口調で「どうしました、奥さんにも内緒で、お坊さんに聞きたい話があるのですね」と、声をかけました。
彼は「ひとつ尋ねてもいいですか」と前置きしたあとで「人間は、死ぬまでに積み重ねた行ない(業)が、死んでからの世界に影響を与えるのでしょうか」と、尋ねてきたのです。

 私は「いい質問ですね」と受け止めて、「死ねば誰でも仏になる」などとお釈迦さまは言っていないこと、そして、宗派によっては確かに生まれてから死ぬまでに積み重ねた行ないによって、次の世の行き先が変わると見る、といった基本的な話をしました。

 すると彼は「それでは、私の犯した罪は、よほど大きな罰を与えられるのでしょうね」とため息をつかれたのです。私は「清田さんの人生の一大事に、こうしてご縁をいただいたのです。差し支えなければ、どんな罪を犯されたのか聞かせてくれませんか」と尋ねました。

 彼は、勤務する会社の上司の命令に背けず、故意に同僚たちを貶めるようなことをしたこと、そのために自分たちは成功したが、同僚たちは失敗し、リストラをされ、会社を去っていったことを語ったあと、

 「同僚たちにも家族があっただろうに、どうやってあれから生きていっただろう。自分は人を傷つけるようなことをして得た給料で、家族を養っている。今となっては、謝罪したくてもその人たちを探すこともできない」

 など、胸につかえていたものを一気に語ってくれました

「清田さん、あなたは、心根の清らかな正直な人なんですね」と私はしみじみと彼の話を受け止め、感じ入りました。

 要領よくやらないと損だとか、人が見ていなければ何やったっていいじじゃないか、といった考えがまかり通る現代社会で、彼の話は清々しさを与えてくれるものでした。

手のイラスト

赦しを請う祈り

 私は「今ここにいて、謝ることのできる方法をご存知ですか」と尋ねました。首を横に振る清田さんに「懺悔」という「人間を超えた存在に、全身全霊を投げ出して赦しを請う」方法があり、キリスト教でも仏教でも、自ら犯した罪を悔い改める最善の方法として大切にされていることを伝えました。

 「懺悔は、聞いたことのある言葉だったけれど、その意味まで知らなかった」と語る清田さんの目にかすかな希望の光を感じました。「懺悔をしたいと思いますけれど、こんな場所でもできるんですか」と尋ねられるので、私は「できますとも」と力強く答えました。

 彼はべッドが半分ほど起きるように、電動のボタンを操作して、姿勢を整え両手を合わせました。そこで私は、自分の宗旨による念仏の方法で懺悔を行ないました。わずか十分ほどのものですが、彼は力を振り絞って懺悔の念仏を唱えたのです。

 「できましたよ」と私が言うと「これで本当にいいのですか」と尋ねられるので「大丈夫ですよ」と告げ、これより仏さまのお迎えをいただくまで、念仏による祈りを続けることをすすめました。「有り難うございました」と、彼は涙を浮かべながら、私の手を、それは強く握ってきました。

 それから数日の間、清田さんは、誰に対しても「有り難う」の言葉をかけられ、仏さまのお迎えのもと、安らかに旅立っていかれました。

佼成 2009年(平成21年)11月号掲載

→12月号 「さようなら」の意味するもの

佐藤雅彦(さとうまさひこ)
1958年東京生まれ。浄土宗浄心寺(東京・文京区)住職、大正大学非常勤講師
現在、宗教家として生命倫理の問題に取り組むほか、死を間近にした人の訪問
小・中学校で「いのちの授業」を行っている
共著に『いのちに寄り添う道』(一橋出版)など
イラスト:すみもとななみ
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